国内IT企業の経営者からの営業業務に関するご相談事に、ナレッジマネジメントを適用した事例です。
そのお困りごと(業務課題)とは、セールス業務の属人化であり、一般化が難しいというものでした。
そして、この課題解決のアプローチとしては、ナレッジマネジメントの手法を適用します。
BtoBにおけるセールスプロセスは、コロナ感染が蔓延する前後では大きく変わりましたが、こちらのお客様の今回の課題は、それ以前からもよく課題になっていたものです。今回はナレッジマネジメントの手法を参考にして、属人化してしまいがちなセールス・プロセスをITツールを使った形式知化について考えてみましょう。
結論:属人化されたセールスの暗黙知はITツールを使って、SECIモデルで共有することができます。
形式知と暗黙知
まずは考え方の整理してみたいと思います。
営業などの個人のスキルやナレッジに依存している業務はその人それぞれのやり方(ノウハウ)があることから「属人化」していると言われます。
以前ブログ記事のインタビューをお願いした知識科学の研究者である梅本博士(北陸先端科学技術大学院大学名誉教授)は、知には、明確な言語・数字・図表で表現された教科書やマニュアル化などの「形式知(explicit knowledge)」と、はっきりと明示化されていない認知的技能(例えば診断のノウハウ)や身体的技能(例えば手術のノウハウ)などの「暗黙知 (tacit knowledge)」という二つのタイプがあるとしています。
そして、形式知は、客観的・理性的・合理的であり、言語化・数値化されているので共有しやすく、コンピュータで処理できるるが、暗黙知は、主観的・身体的・経験的であり、言語化されていないので、獲得するためには同じ時空間での共体験の共有が必要であり、コンピュータに載せるのは難しいともしています。
梅本博士は、以下のような属人化の例を挙げています。
例えば、名医と言われる人たちに、なぜそういう診断になるのかの説明を求めても、明確に言えない場合が多いとし、コンピュータに診断させるエキスパート・システムの構築が難しいのも、医師の診断過程をこと細かに言語化することが難しいからであるとも言っています。
また、高度な手術の技能なども、すべてマニュアル化できるものではなく、体験を重ねることによってしか獲得できない部分がかなりあるとし、クリニカルパス(=ケアプロセスを標準化する医療における品質管理手法のひとつ)は、いくつかの専門分野で蓄積された組織の持つ「暗黙的な経験知」を言語化・可視化・体系化すなわち形式知化したものであり、もともと状況に依存しているので、病院ごとに異なることが多いということも挙げています。
SECI モデルの適用
SECIモデルと突然言われても、何のこと?という方々は以下の引用を参考にしてとりあえず読み進めて頂ければと思います。
SECI(セキ)モデルとは、個人が蓄積した知識や経験(暗黙知)を組織全体で共有して形式知化し、新たな発見を得るためのプロセスのことです。個人のもつ知識を全社で共有して、新たな知識を生み出し経営に活かすナレッジマネジメントの理論のひとつです。
https://it-trend.jp/knowledge_management/article/25-0019
SECIモデルを理解している前提(なんとなくでもOKです)で話を進めますね。
梅本博士は、SECI モデルを使って、医療過誤防止マニュアルの作成プロセスを、知識の創造・共有・活用の事例として説明しています。
まず、医師や看護師がヒヤリ・ハット体験から医療過誤防止のツボ(暗黙知)を獲得する。
次に、ヒヤリ・ハットの体験とそれらを防ぐツボを対話をつうじて言葉にする。
言語化されたツボとヒヤリ・ハット体験の事例分析の結果を体系化して、医療過誤防止マニュアルにまとめる。
そのマニュアルに書いてある形式知を実践してみることにより、1人ひとりやグループ全体で暗黙知として体得していく過程
身につけたツボが通用しない出来事に出会い、新たなツボを獲得する共同化により知はスパイラル状に豊かになっていくとしています。
かなり、シンプルに記載しましたので、雰囲気だけでもわかって頂ければ良いと思います。
これを営業業務の商談管理プロセスに当てはめてみますと、
まず、個々の営業担当者、SEなど、顧客とインターラクション(やりとり)した者がその業務体験から業務プロセスが促進したツボ(選定理由や興味を持って頂いた事例紹介など)と失注した要因などの(暗黙知)を商談管理システムなどのデータベースに記録します。 (SECIモデルの循環の入り口)
次に、表出化は個人が所有している暗黙知を言葉に出し、参加メンバーと共有するプロセスです。
個人が蓄積してきた知識や経験の言語化や、図や文章で示すことで知識を形式知化して他者に伝えます。
主観的な知識を共有する共同化に比べ、表出化は客観的かつ論理的に他者に伝えられます。
【例】
・オンラインでもオフラインでも営業会議で上司や同僚へ業務の細かな報告を行う(口頭と商談メモ)
各自が経験したことを営業会議などの「場」で、口頭での説明(言語化する)してもらう、もしくはレポートのフォーマット(ヒアリング・ポイント)をベースにしたレポートが役に立つと思われます。
連携化は、表出された形式知に異なる形式知を組み合わせることで、新たな知を創造するプロセスです。
マニュアル化された他者の知識や共有されたノウハウを、自身の業務や環境にあわせてアレンジしたり、よりよくするために新たなシステムを導入したりすることで、新たなアイデアや知識が生まれます。
具体的には、言語化された商談進展のツボや失注理由などの失敗体験の事例分析の結果を体系化して、営業マニュアル、失注防止マニュアルにまとめてみることで成約率が向上することでしょう。
【例】
・業務(営業)マニュアルを作成する
内面化とは、新しく仕入れた形式知を実際に試して体化し、自らの暗黙知としてストックすることで、実践編とも言えます。簡単に言えば、新たに得た形式知を反復練習して自分の体に染み込ませるプロセスです。
この前の連携化プロセスで見出された新たなアイデアを実践し、それを自分の内面にしまい込み、自分のものにする段階で、ここで形式知を暗黙知に変化させます。そのマニュアルに書いてある形式知を実践してみることにより、1人ひとりやグループ全体で暗黙知として体得していく過程になります。
【例】
・新たに導入したソフトウェアをマニュアルなしに操作できるようになった
・上司や同僚の仕事のコツを参考に実践した結果、自身の業務の質が向上した
身につけたツボが通用しない出来事に出会い、新たなツボを獲得する共同化により知はスパイラル状に豊かになっていくとしています。コロナ禍前であれば、新人営業担当者が、先輩のセールス・パーソンと一緒に営業周りに行くようなことになったでしょうが、現在では、リモートワークも想定したハイブリッドな共同化を進めることになるでしょう。(最初の表出化に戻る)
SECIモデル(梅本先生の論文から引用したものに日本語を追加)
https://www.jaist.ac.jp/ks/labs/umemoto/sake_km.html
共同化のためのツール
ここからは簡単に説明したいと思います。ICTのツールをどのようにSECIモデルに適用するかということを記載します。
先述の通り、共同化は商談管理システムです。このブログでも紹介しているように、比較的入手し易いものと言えば、HubSpotやMS Teamsになると思います。もちろん、Saleforceという選択肢もありますが、無料で利用できるものを最初にご紹介しておきます。
- HubSpot(ハブスポット)1ユーザから利用できる商談管理システム、無償版があります。
こちらから無償版を申し込むことができます。 - MS Teams(マイクロソフト チームス)こちらは無償版もありますが、おすすめは月額540円の有償版です。
こちらから1ヶ月無償版のトライアルができます。
表出化のためのツール
提案:初心者でも簡単に作成できる「フォーム機能」で暗黙知を収集しよう!
前述の通り、表出化は口頭で述べたものや言語化したテキスト情報とした場合、ICTのツールとしては、それを保管する際の登録フォームの機能となる。
SECIモデルを利用したナレッジマネジメントを実践しようとした場合、「場」という概念を採用する必要がある。そのため、前のプロセスの共同化で利用したICTツールをそのまま利用することで表出化がこの後のプロセスになる「連携化」にも重要になりますので、ナレッジマネジメントの初学者の方はどちらかひとつのツール(HubSpotかTeams)を選んで使ってください。
上級者向けにはHubSpotとTeamsの連携という組み合わせもありますので、別途報告します。
そして、表出化のためのツールをここでは「フォーム」としてご紹介しておきます。
MS Teamsの例
下のイメージは、MS Teamsのフォーム機能のイメージです。
特別な教育を受けることもなく、簡単に投稿用フォーム(クイズ形式も有り)が即座に作成することができます。上図のフォームは私が作成したものです。1分くらいで作成できました。
左側がオリジナルの入力フォームのプレビューです。PC用、タブレット用、スマホ用とレスポンスデザインになっています。
また、右のイメージはそのフォームを通じて回答された「応答」のダッシュボードです。回答内容はエクセル表に集計されて、こちらのダッシュボードに格納されています。
なお、Teamsのフォームの配布方法はいくつかのオプションがあります。
- URLでの配布
- メールでの通知(Outlookと連携)
- Webページへの埋め込み
- バーコードにして配布
これらのフォームデータの入手機能を使って、タイムリーに個々の知識共有化、表出化を支援することが可能でです。
なお、HubSpotのフォーム機能についてはこちらの記事もご参考ください。
次回は、「連携化」=「営業マニュアル」についての実例について記載したいと思います。